先日の例会でcrown D-45とD-75Aの比較を披露した。みなさんのインプレは例会レポートに書いた通りで、D-45の方がバランスがいいということだった。私はD-75Aの方がいいと信じていたのでこの結果にちょっとびっくりした。
その場でのインプレは実は私も一緒だった。中高音の美しさではD-45の方が勝っていた。D-45に私が施した改造は鉄のねじをステンに代えたことと、カップリングコンデンサーを2個付け加えたことだけである。D75AはD-45より値段が少し上、パワーが少し上その上この機はプロが改造したものということで買ったのである。はたして、どこかのプロの改造より鉄ネジを変えたことの方が効果があるのだろうか。そこで、D75Aも全面的に鉄ネジをステンに交換することにした。
箱を空ける前に、外からでもできるところが二つある。ひとつは電源プラグ。これはすでに前オーナーのときにマリンコプラグに交換済みだが、プラグの中に鉄ネジが2箇所使ってあった。それについては買取後ただちにステンネジに交換を済ませていた。もうひとつはスピーカーケーブル端子。crownのケーブル端子はケーブルを差し込んでネジ止めするという簡素で確実な仕組みだ。crownはアメリカのメーカーなので留めねじはインチネジである。ネットで購入したネジは少し長いので端をカットしなければならない。カットするとどうしても先端部のネジ溝が少しだけつぶれて歪む。少しだけ入りにくくなるのだが、無事交換した。
機器の改造はいつも怖い。電気のことはまるで知らない私だから、ちょっとでも失敗しても後には帰れない。改造品はメーカーも対応しないからだ。そんな素人そのものの私がこれまで改造をやってきた。今回はいやに天板がとれにくくあせった。D-45と同じ筐体にしか見えないのになぜか20分格闘した。
機器のどこに鉄のネジが使ってあるのか。ほとんどすべてのネジである。ただし、交換するのは電気が大量に流れるところ、電気と平行にネジが並んでいるところ、銅線に近いところだけでよい。一番大量に電気が流れるところはどこか。パワートランジスタと三端子レギュレーターが最大の標的である。電気が多く通る証拠には、放熱器が取り付けてあり、白いペーストで貼り付けてある。
黄色い矢印がパワートランジスター
黄色い矢印が三端子レギュレーター
鉄のネジをはずしてステンのネジに替えるというのは素子の交換より単純な作業のはずだが、実際にはいろいろ困難がある。まず2枚の基板が少し重なったところにネジの交換部位がある。基板を分離するとネジ交換作業が楽になるのはわかっているのだが、基板を分離する方がよほど怖い。なのでつけたままやるのだが、これは見えにくいし指も入りにくい。
ステンのネジというのは(鉄でできた)ドライバーの先にはくっつかない。取り落とすとそのたびに機器を逆さに振ってネジを出さなくてはならない。右手でドライバーでネジ頭を持ち、基板の裏のワッシャーとナットは左手で押さえつつ回すのだが、なかなか嵌らない。ビスが落ちる、ネジが落ちる、それを拾うの繰り返しである。三端子レギュレーターに4本、パワートランジスタに8本のネジがあるのだが、作業を終わるのに二晩かかった。
黒っぽいネジがステンレス、白っぽいのが鉄のネジ。白いプラスチックは切り取ったスペーサー
天板、底板をとりつけておしまいにしようという段になって気になった。スピーカー端子をシャシーに取り付けている鉄ネジである。大電流と平行に走るネジなのでまずい。以前D-45ではずしかけたことがあるが、端子全体がぐらぐらしてきたので怖くなってやめたことがある。今回よくよく見るとネジはシャシーを貫通し、白いプラスチックの中を通っている。このプラスチックは100Vの電流を内部配線につなぐ小さな基板をシャシーに固定しているスペーサーである。スペーサーの役割は基板をシャシーの磁気と振動から防ぐことであるが、プラスチックの耐振動性は非常に弱い。シャシーの金属の振動をカットする最強の素材は木である。

そこでスペーサーを切り取って、木のスペーサーを自作、このスペーサーにステンネジを貫通させてシャシーに固定した。スピーカー端子と内部配線の接続部分は金属のバーなので振動に弱く、このスペーサー交換の音質への寄与は高いはずである。
次はD-45との比較試聴にかかる。
その場でのインプレは実は私も一緒だった。中高音の美しさではD-45の方が勝っていた。D-45に私が施した改造は鉄のねじをステンに代えたことと、カップリングコンデンサーを2個付け加えたことだけである。D75AはD-45より値段が少し上、パワーが少し上その上この機はプロが改造したものということで買ったのである。はたして、どこかのプロの改造より鉄ネジを変えたことの方が効果があるのだろうか。そこで、D75Aも全面的に鉄ネジをステンに交換することにした。
箱を空ける前に、外からでもできるところが二つある。ひとつは電源プラグ。これはすでに前オーナーのときにマリンコプラグに交換済みだが、プラグの中に鉄ネジが2箇所使ってあった。それについては買取後ただちにステンネジに交換を済ませていた。もうひとつはスピーカーケーブル端子。crownのケーブル端子はケーブルを差し込んでネジ止めするという簡素で確実な仕組みだ。crownはアメリカのメーカーなので留めねじはインチネジである。ネットで購入したネジは少し長いので端をカットしなければならない。カットするとどうしても先端部のネジ溝が少しだけつぶれて歪む。少しだけ入りにくくなるのだが、無事交換した。
機器の改造はいつも怖い。電気のことはまるで知らない私だから、ちょっとでも失敗しても後には帰れない。改造品はメーカーも対応しないからだ。そんな素人そのものの私がこれまで改造をやってきた。今回はいやに天板がとれにくくあせった。D-45と同じ筐体にしか見えないのになぜか20分格闘した。
機器のどこに鉄のネジが使ってあるのか。ほとんどすべてのネジである。ただし、交換するのは電気が大量に流れるところ、電気と平行にネジが並んでいるところ、銅線に近いところだけでよい。一番大量に電気が流れるところはどこか。パワートランジスタと三端子レギュレーターが最大の標的である。電気が多く通る証拠には、放熱器が取り付けてあり、白いペーストで貼り付けてある。

黄色い矢印がパワートランジスター
黄色い矢印が三端子レギュレーター鉄のネジをはずしてステンのネジに替えるというのは素子の交換より単純な作業のはずだが、実際にはいろいろ困難がある。まず2枚の基板が少し重なったところにネジの交換部位がある。基板を分離するとネジ交換作業が楽になるのはわかっているのだが、基板を分離する方がよほど怖い。なのでつけたままやるのだが、これは見えにくいし指も入りにくい。
ステンのネジというのは(鉄でできた)ドライバーの先にはくっつかない。取り落とすとそのたびに機器を逆さに振ってネジを出さなくてはならない。右手でドライバーでネジ頭を持ち、基板の裏のワッシャーとナットは左手で押さえつつ回すのだが、なかなか嵌らない。ビスが落ちる、ネジが落ちる、それを拾うの繰り返しである。三端子レギュレーターに4本、パワートランジスタに8本のネジがあるのだが、作業を終わるのに二晩かかった。

黒っぽいネジがステンレス、白っぽいのが鉄のネジ。白いプラスチックは切り取ったスペーサー
天板、底板をとりつけておしまいにしようという段になって気になった。スピーカー端子をシャシーに取り付けている鉄ネジである。大電流と平行に走るネジなのでまずい。以前D-45ではずしかけたことがあるが、端子全体がぐらぐらしてきたので怖くなってやめたことがある。今回よくよく見るとネジはシャシーを貫通し、白いプラスチックの中を通っている。このプラスチックは100Vの電流を内部配線につなぐ小さな基板をシャシーに固定しているスペーサーである。スペーサーの役割は基板をシャシーの磁気と振動から防ぐことであるが、プラスチックの耐振動性は非常に弱い。シャシーの金属の振動をカットする最強の素材は木である。


そこでスペーサーを切り取って、木のスペーサーを自作、このスペーサーにステンネジを貫通させてシャシーに固定した。スピーカー端子と内部配線の接続部分は金属のバーなので振動に弱く、このスペーサー交換の音質への寄与は高いはずである。
次はD-45との比較試聴にかかる。
3月11日のこと、東広島の番野木さんのお誘いで、西条は西楽寺の住職をしている福井さんのところに行ってきました。西楽寺はいま、200年前に立てられた本堂を解体修理しているところでした。住職さんのオーディオルームは二階にあって、10畳あまり。グランドピアノが置いてあります。
隣室にはでかいタンゴのトランスを積んだアンプがごろごろしていた。今日は広島のベーシスト、井上博義氏を及びするということで、東広島の番野木さんのお仲間を集めたということだった。
福井さんのシステムはTADで組んでいる。
38cmウーファーとウッドホーンにツィーター2台、アンプはプリもメインも自作で、メインは300Bという具合でマニアの垂涎のものである。

力がいい具合に抜けた感じのいい音である。話をしているので、音量は絞り目のことが多かったが、音量をあげるといくらでもリアルさに近づく。
メンバーは東広島ジャズクラブの会長さんの今谷さん、ベテランの川畑さん、石川さんは福井さんと同級で高校では物理クラブに所属してアンプなどを作っていたとのこと。物理クラブはオーディオ同好会の隠れ蓑だったらしい。あとクラシックファンの中野さんは唯一の女性。まとめ役で自作オーディオのサプライ担当の番野木さん。
メインゲストの井上さんは山陽道の事故に巻き込まれたとのことで、福井さんはしょっちゅう携帯で連絡をとるが、2号線、375号線も渋滞してなかなか近づけないとのこと。
やっといらっしゃった井上さんはボーダーラインの袋にお気に入りのレコード数枚を入れてもってきた。
井上さんは実にフレンドリーな人柄だった。今までジャズ喫茶には数軒入ったことがあるが、ジャズ演奏家の人はなぜか、こう人懐っこい。演奏家を囲むジャズファンの人たちも初対面でも実にフランクに語ることが多い。井上さんのレコードについてのコメントを伺うと同じジャズでもなんだか、親しみと愛着が湧いてくる。ところでこの日は井上さんがベースを持ってくるとかいう話もあったのだが、期待に反してベースは持ってこなかった。みなさん、肩透かしを食っていたのだが、本日出来立てのCDを持って来られた。井上さん本人も始めて聴くという。録音スタッフを入れ替えて初めてイメージ通りの音が入ったという。
話しているうちに、立ち上がってピアノをぽんぽん叩いているうちに曲がはじまった。実にいい音だった。間合いが素晴らしい。えー、井上さんてピアノもこんなに弾けるんだ。びっくりしましたね。そりゃ、クラシック畑でも一流バイオリニストとか、チェリストとかも弾くことがあると弾いているしね。
ところで話の中で竹原のやはりお寺さんなんだが、ピアノの演奏があって、プロが弾くと音がまったく違う、素人が弾くのとピアノが違って聞こえるという話があったがちょうどそれと同じ。すごくきれいな音だった。
部屋の中は電気の暖房器具が1本だけ。寒いな、西条のひとたちはさすが寒さに強いなと思ってお茶ばかり飲んでいたら、外は雪が舞っていた。井上さんは暗かったり、雪がちらついてくると目がよく見えないんだ、ということで早々にお帰りになった。
あとあと、メンバーたちと雑談しつつ、レコードを聴いていたのだが、東広島の人たちのオーディオ、ジャズ、アンプ製作のネットワークというのはすごい。ジャズクラブの人たちは昔からこれはというジャズ演奏家に目星をつけてはクラブに呼んでいたという大西純子、中本マリ、綾戸 智恵なども呼んだそうだ。オーディオに関してもその昔の名機を所有している人もあれば、アバンギャルドを導入した人もいるそうである。広島も頑張らなくてはと思う。東広島の人たちともっと交流してみたいものである。

隣室にはでかいタンゴのトランスを積んだアンプがごろごろしていた。今日は広島のベーシスト、井上博義氏を及びするということで、東広島の番野木さんのお仲間を集めたということだった。
福井さんのシステムはTADで組んでいる。

38cmウーファーとウッドホーンにツィーター2台、アンプはプリもメインも自作で、メインは300Bという具合でマニアの垂涎のものである。


力がいい具合に抜けた感じのいい音である。話をしているので、音量は絞り目のことが多かったが、音量をあげるといくらでもリアルさに近づく。
メンバーは東広島ジャズクラブの会長さんの今谷さん、ベテランの川畑さん、石川さんは福井さんと同級で高校では物理クラブに所属してアンプなどを作っていたとのこと。物理クラブはオーディオ同好会の隠れ蓑だったらしい。あとクラシックファンの中野さんは唯一の女性。まとめ役で自作オーディオのサプライ担当の番野木さん。
メインゲストの井上さんは山陽道の事故に巻き込まれたとのことで、福井さんはしょっちゅう携帯で連絡をとるが、2号線、375号線も渋滞してなかなか近づけないとのこと。
やっといらっしゃった井上さんはボーダーラインの袋にお気に入りのレコード数枚を入れてもってきた。
井上さんは実にフレンドリーな人柄だった。今までジャズ喫茶には数軒入ったことがあるが、ジャズ演奏家の人はなぜか、こう人懐っこい。演奏家を囲むジャズファンの人たちも初対面でも実にフランクに語ることが多い。井上さんのレコードについてのコメントを伺うと同じジャズでもなんだか、親しみと愛着が湧いてくる。ところでこの日は井上さんがベースを持ってくるとかいう話もあったのだが、期待に反してベースは持ってこなかった。みなさん、肩透かしを食っていたのだが、本日出来立てのCDを持って来られた。井上さん本人も始めて聴くという。録音スタッフを入れ替えて初めてイメージ通りの音が入ったという。

話しているうちに、立ち上がってピアノをぽんぽん叩いているうちに曲がはじまった。実にいい音だった。間合いが素晴らしい。えー、井上さんてピアノもこんなに弾けるんだ。びっくりしましたね。そりゃ、クラシック畑でも一流バイオリニストとか、チェリストとかも弾くことがあると弾いているしね。
ところで話の中で竹原のやはりお寺さんなんだが、ピアノの演奏があって、プロが弾くと音がまったく違う、素人が弾くのとピアノが違って聞こえるという話があったがちょうどそれと同じ。すごくきれいな音だった。
部屋の中は電気の暖房器具が1本だけ。寒いな、西条のひとたちはさすが寒さに強いなと思ってお茶ばかり飲んでいたら、外は雪が舞っていた。井上さんは暗かったり、雪がちらついてくると目がよく見えないんだ、ということで早々にお帰りになった。
あとあと、メンバーたちと雑談しつつ、レコードを聴いていたのだが、東広島の人たちのオーディオ、ジャズ、アンプ製作のネットワークというのはすごい。ジャズクラブの人たちは昔からこれはというジャズ演奏家に目星をつけてはクラブに呼んでいたという大西純子、中本マリ、綾戸 智恵なども呼んだそうだ。オーディオに関してもその昔の名機を所有している人もあれば、アバンギャルドを導入した人もいるそうである。広島も頑張らなくてはと思う。東広島の人たちともっと交流してみたいものである。
オメガの会の10月例会に現れた番野木さんのお宅をクロさんとともに訪問した。番野木さんは東広島一帯のオーディオ愛好家をほとんどそらんじている。というか、東広島のオーディオマニアのネットワークは広島よりはるかに濃密であるらしい。その中にあって番野木さんは各オーディオ家に対して機器改造サービスを行なって隠然たる勢力を誇る自作マニアである。
ご自宅は、数百メートルを隔てて新幹線が走行する田園地帯にあって家の周りのスペースには車が5-6台点在する。オーディオ・ルームは8畳間、ガラス戸、障子が向かいにあり、完全な逆光の中にスピーカー、機器の類が林立していて全体像が見えにくい。その中で本日の聴かせたいアンプとスピーカー最新作はせんだってから片付けをしつつ中央に据えられた。
中よりのスピーカーは一昨年のステレオの付録のフルレンジ・ユニット、それに10月例会で紹介していただいた、爪の先ほどのスーパーツィーター、TAKET BATPUREを組み合わせている。基本的にはフルレンジ一発と言っていい。それから聴く。音場はスピーカーの間で前後方向に広がり、ボーカルは自然な奥行きと高さに定位する。楽にして聞いて下さい、といわれたが、ソファーに背を持たせて聞くと音場感は失われ、身を乗り出すとヘッドフォンのごとく立体的な聞こえとなるが、ヘッドフォンのように頭の中に定位することはなく、高音は思いがけなく2メートルくらいの高さまで聴こえる。小口径の擬似円筒形のスピーカーの特性であろう、この音場感のために何を鳴らしても自然な気持ちで聞くことができる。
楽しむのはほとんどがジャズ、音源はすべてリッピングしたパソコン音源である。
そのため、曲間でやや間があくのだが、番野木さんはスピーカーの自作の顛末、知り合いのマニアの動向など途切れることなく語りつづける。ソースはあらかじめ時間をかけてチョイスしたものらしく、3-4曲をセットで鳴らし続ける。このスピーカーはステレオのコンテストにも参加したそうだが本番では部屋の特性、適正ボリュームの判断を誤り、不本意な結果に終わったという。今、聴いていると到底、低評価はありえない。

アンプはこれもステレオ新年号の付録である。電源のコンデンサーを強化し、アンプ本体の電解コンデンサーも取替えたり、フィルムコンをパラったという。付録のペアでこれだけ鳴るとは驚異的である。ただし、クラシック部門では神尾真由子のバイオリンの高音は楽器本来の強靭さではなく、オケの低域も力不足であった。このあたりはさすがに5Wで石のパワーではいかんともしがたいであろう。そこで、次にはその外側にある、LE8Tがメインのスピーカーを鳴らしてもらった。上下左右対称にダクトが配置された4wayであり、天板の上にはぎっしりとネットワークが組んであった。こちらはさすがにより余裕のある低音と上質のシンバルが聞けた。しかし、いまいちユニットの息が揃っていないところも見受けられた。フルレンジ1発の純粋さと3、4wayの奥行きの深さとどちらをとるかという定番の悩みである。
この部屋の一番後ろにはあくースタット、巨大な自作2wayがあるほか、隣の部屋には昔作ったスピーカーがいろいろある。

ご自宅は、数百メートルを隔てて新幹線が走行する田園地帯にあって家の周りのスペースには車が5-6台点在する。オーディオ・ルームは8畳間、ガラス戸、障子が向かいにあり、完全な逆光の中にスピーカー、機器の類が林立していて全体像が見えにくい。その中で本日の聴かせたいアンプとスピーカー最新作はせんだってから片付けをしつつ中央に据えられた。

中よりのスピーカーは一昨年のステレオの付録のフルレンジ・ユニット、それに10月例会で紹介していただいた、爪の先ほどのスーパーツィーター、TAKET BATPUREを組み合わせている。基本的にはフルレンジ一発と言っていい。それから聴く。音場はスピーカーの間で前後方向に広がり、ボーカルは自然な奥行きと高さに定位する。楽にして聞いて下さい、といわれたが、ソファーに背を持たせて聞くと音場感は失われ、身を乗り出すとヘッドフォンのごとく立体的な聞こえとなるが、ヘッドフォンのように頭の中に定位することはなく、高音は思いがけなく2メートルくらいの高さまで聴こえる。小口径の擬似円筒形のスピーカーの特性であろう、この音場感のために何を鳴らしても自然な気持ちで聞くことができる。
楽しむのはほとんどがジャズ、音源はすべてリッピングしたパソコン音源である。

そのため、曲間でやや間があくのだが、番野木さんはスピーカーの自作の顛末、知り合いのマニアの動向など途切れることなく語りつづける。ソースはあらかじめ時間をかけてチョイスしたものらしく、3-4曲をセットで鳴らし続ける。このスピーカーはステレオのコンテストにも参加したそうだが本番では部屋の特性、適正ボリュームの判断を誤り、不本意な結果に終わったという。今、聴いていると到底、低評価はありえない。

アンプはこれもステレオ新年号の付録である。電源のコンデンサーを強化し、アンプ本体の電解コンデンサーも取替えたり、フィルムコンをパラったという。付録のペアでこれだけ鳴るとは驚異的である。ただし、クラシック部門では神尾真由子のバイオリンの高音は楽器本来の強靭さではなく、オケの低域も力不足であった。このあたりはさすがに5Wで石のパワーではいかんともしがたいであろう。そこで、次にはその外側にある、LE8Tがメインのスピーカーを鳴らしてもらった。上下左右対称にダクトが配置された4wayであり、天板の上にはぎっしりとネットワークが組んであった。こちらはさすがにより余裕のある低音と上質のシンバルが聞けた。しかし、いまいちユニットの息が揃っていないところも見受けられた。フルレンジ1発の純粋さと3、4wayの奥行きの深さとどちらをとるかという定番の悩みである。
この部屋の一番後ろにはあくースタット、巨大な自作2wayがあるほか、隣の部屋には昔作ったスピーカーがいろいろある。


番野木邸をそろそろ、お暇するかと考えていたら、番野木さんは携帯をかけまくってたちまち次の訪問先を手配してくれた。今度の訪問先は30年前に番野木さんが設計した田坂邸である。お子さんたちが家を離れるので4月に向けて3部屋をつなげて広いオーディオ・ルームを作ろうか、ということになり、再び番野木さんが部屋の改造の総指揮をとる。
田坂邸は東広島の市街地にある。部屋の造作、調度が洗練されている。通された現オーディオルームは6畳の和室を横使いにして、JBLオリンパスが並ぶ。その上には巨大な音響レンズの付いたツィーターが威圧するように乗っかっており、その下にさらに二つのスーパーツィーターがのぞいている。
部屋にはオーディオ機器の他には何もない。余計な家具も、オーディオ雑誌さえも置いてない。座布団に座って壁を背に4人が並んで聞くが、ついつい対峙して聴く構えになる。見上げれば黒い柱、鴨居には趣味のよい和風小物アクセサリー、天井から吊るされた灯りには和紙の提灯風のシェードががかけてある。
室内音響は和室特有の落ち着いた響きでとても聴きやすく、スピーカーの音に集中できる。番野木さんのLE8Tシステムと較べてもさすがに低域充実ぅーの、高域張り出しぃーの、となって音の迫力に押される。田坂さんは自身は自作派ではないが、番野木さんからいろいろ援助してもらっているらしい。自分では気にいらない音があると端子を磨いたり、真空管を抜き差ししたりして、イメージに合うまで頑張るそうだ。日に4時間は聴くというからヘビーユーザーと言える。

帰り際に指摘されて驚いた、このオリンパスを駆動しているのもステレオ誌の付録のアンプだという。しかも改造はしていないという。アンプがすごいのか、それともオリンパスの潜在力が非力なアンプであっても鳴りきるのか、いやはや、付録のアンプ恐るべし。時間がなかったので、早めに切り上げたが、部屋の工事が終わったら、別室にあるアクースタットも聴いてみたい。二件だけの訪問でも、オーディオにはいろいろ流儀がある、と感心した。
田坂邸は東広島の市街地にある。部屋の造作、調度が洗練されている。通された現オーディオルームは6畳の和室を横使いにして、JBLオリンパスが並ぶ。その上には巨大な音響レンズの付いたツィーターが威圧するように乗っかっており、その下にさらに二つのスーパーツィーターがのぞいている。

部屋にはオーディオ機器の他には何もない。余計な家具も、オーディオ雑誌さえも置いてない。座布団に座って壁を背に4人が並んで聞くが、ついつい対峙して聴く構えになる。見上げれば黒い柱、鴨居には趣味のよい和風小物アクセサリー、天井から吊るされた灯りには和紙の提灯風のシェードががかけてある。

室内音響は和室特有の落ち着いた響きでとても聴きやすく、スピーカーの音に集中できる。番野木さんのLE8Tシステムと較べてもさすがに低域充実ぅーの、高域張り出しぃーの、となって音の迫力に押される。田坂さんは自身は自作派ではないが、番野木さんからいろいろ援助してもらっているらしい。自分では気にいらない音があると端子を磨いたり、真空管を抜き差ししたりして、イメージに合うまで頑張るそうだ。日に4時間は聴くというからヘビーユーザーと言える。

帰り際に指摘されて驚いた、このオリンパスを駆動しているのもステレオ誌の付録のアンプだという。しかも改造はしていないという。アンプがすごいのか、それともオリンパスの潜在力が非力なアンプであっても鳴りきるのか、いやはや、付録のアンプ恐るべし。時間がなかったので、早めに切り上げたが、部屋の工事が終わったら、別室にあるアクースタットも聴いてみたい。二件だけの訪問でも、オーディオにはいろいろ流儀がある、と感心した。
お目当ての音楽ではなく、好みの演奏者ではなく、ホールの音を聴きに行った。なぜホールの音かというと、自分のオーディオにとってものすごくためになるのだ。私は10数年来、広饗の定期会員をやっている。ホールで鳴っている音がどのようなものか、実音がどういうものか、それを知ることは自分のオーディオを作り上げるための、かけがえのない体験になった。
しかし、広響の演奏ないしは広島文化交流会館の音そのものには決して満足していない。低域はもっとこういうように出てほしいなー、これならCDの方がいいじゃないかと思いながら聴いている。CDを聴いているときは、ホールの音の開放感、底知れないレンジ感を想起して脳内補正をかけながら聴いている。コンサートを聴いているときは、CDならばこういうように鳴っているはずだがなと脳内補正しつつ聴いている。
しかし、録音に入った現場の音を知らずに「補正」するというのも妙な話だ。ただある程度はそれが出来るのも事実である。しかし、それにも限度がある。CDに入った元の音に近いいい音のホール、それを一度聴いてみたいという願いは切実なものがあった。そこへ今回の降って湧いたチャンスである。よっしゃ、聴きにいくぞ。曲目はなんでもいいから。
とりあえず、9月4日当日の演奏は三石精一指揮、東京アマデウス管弦楽団。この楽団は1週間前まで知らなかった。当日もらったちらしの束を見ると、初めて聞く名前の交響楽団が13もあった。さすが1000万の都市だけのことはある。
演目はベルリオーズ作曲、『ローマの謝肉祭』序曲、プーランク作曲「シンフォニエッタ」、最後は再びベルリオーズの幻想交響曲。全席自由席だが、開演40分前に並んだので、最も音がいいと思われるあたりの席に座ることができた。すみだトリフォニーホールの音は日本で一番いいという呼び声もある。はたして席に座っただけでも音のよさは感じられた。聴衆の話声、歩く音、席に着く音。それらかかもし出す、雰囲気がすでにして音のよさ、心地よさを示している。

座席から見るとステージはやや奥行きが浅めに感じられ、団員はやや窮屈そうに見える。はて、『第9』のときは合唱はどこに入ったらいいんだろうかと見回した。そうか、ステージ二階のオルガンの前に違いない。
キンコンカンというチャイムを合図に聴衆が席についてコンマスがバイオリンを奏でた。実によく響きが通るのに感嘆した。期待して音楽に聴き入る。弦楽器、木管楽器、金管楽器いずれもよく鳴り、主張する。ホールの音は低音を抜きにして語れない。実に気合の入った低音で快感を感じる。コントラバスのブンブンといううなり声もよく通るし、打楽器群が煽りたてるとその他の楽器が奮い立って、猛り狂う。幻想交響曲の終曲のトゥッティでは全楽器の爆発を見るようであった。
残念ながら広島文化交流会館ではこうは行かない。華やかな中高音はあるが、低音はいささか底が弱く抜けており、低音が十分鳴った思えるのは太鼓が大活躍したときだけである。コントラバス、チェロやゃチューバの合奏だけでも低音の強度と膨らみを示して欲しいのだ。バイオリンソロは空間に放たれていく響の美しさはあるが、響き渡る強さがない。
なぜ、このように音がいいのか。私は広島文化交流会館も含めていつもいろいろ考察している。一般にコンサートホールはステージから後方へ、末広がりの形をしている。すなわちスピーカーで言うホーンの形をしている。このホーンの形状がいいと能率がよくなる。
このホールは側壁の二階席のラインがステージまでつながっている。ホーンの根元には、、それと同じ角度の衝立が立っている。楽団員の座る位置は精一杯後ろに寄せられている。これらすべてのことがホーンの能率を高めるように働いているのではないか。

サントリーホールは有名だが、音はスカスカして意外によくないそうだ。すみだと同じく、オルガンを背負っているが、オルガン前の二階席のスペースが広い。ということはホーンに例えれば、空気室がでかくて、背後に音のエネルギーが抜けてしまうからではないか。すみだではオルガン前の二階席もいやに窮屈そうだ。ところでオルガンの金属パイプは高域の華やかさももたらしているのではないか。

こうして考えるとホールの音の特性はスピーカーやホーンの知識で大概は説明できそうだ。

今までは広島文化会館のホールの音の記憶を頼りにあるべきオーディオの音のバランスを考えてきたが、低域の充実度は基準とはできなかった。すみだトリフォニーホールのエネルギッシュな実音を聴いて、この音の出方、バランスは具体的に参照できるひとつの基準とすることができそうだ。
しかし、広響の演奏ないしは広島文化交流会館の音そのものには決して満足していない。低域はもっとこういうように出てほしいなー、これならCDの方がいいじゃないかと思いながら聴いている。CDを聴いているときは、ホールの音の開放感、底知れないレンジ感を想起して脳内補正をかけながら聴いている。コンサートを聴いているときは、CDならばこういうように鳴っているはずだがなと脳内補正しつつ聴いている。
しかし、録音に入った現場の音を知らずに「補正」するというのも妙な話だ。ただある程度はそれが出来るのも事実である。しかし、それにも限度がある。CDに入った元の音に近いいい音のホール、それを一度聴いてみたいという願いは切実なものがあった。そこへ今回の降って湧いたチャンスである。よっしゃ、聴きにいくぞ。曲目はなんでもいいから。
とりあえず、9月4日当日の演奏は三石精一指揮、東京アマデウス管弦楽団。この楽団は1週間前まで知らなかった。当日もらったちらしの束を見ると、初めて聞く名前の交響楽団が13もあった。さすが1000万の都市だけのことはある。
演目はベルリオーズ作曲、『ローマの謝肉祭』序曲、プーランク作曲「シンフォニエッタ」、最後は再びベルリオーズの幻想交響曲。全席自由席だが、開演40分前に並んだので、最も音がいいと思われるあたりの席に座ることができた。すみだトリフォニーホールの音は日本で一番いいという呼び声もある。はたして席に座っただけでも音のよさは感じられた。聴衆の話声、歩く音、席に着く音。それらかかもし出す、雰囲気がすでにして音のよさ、心地よさを示している。

座席から見るとステージはやや奥行きが浅めに感じられ、団員はやや窮屈そうに見える。はて、『第9』のときは合唱はどこに入ったらいいんだろうかと見回した。そうか、ステージ二階のオルガンの前に違いない。
キンコンカンというチャイムを合図に聴衆が席についてコンマスがバイオリンを奏でた。実によく響きが通るのに感嘆した。期待して音楽に聴き入る。弦楽器、木管楽器、金管楽器いずれもよく鳴り、主張する。ホールの音は低音を抜きにして語れない。実に気合の入った低音で快感を感じる。コントラバスのブンブンといううなり声もよく通るし、打楽器群が煽りたてるとその他の楽器が奮い立って、猛り狂う。幻想交響曲の終曲のトゥッティでは全楽器の爆発を見るようであった。
残念ながら広島文化交流会館ではこうは行かない。華やかな中高音はあるが、低音はいささか底が弱く抜けており、低音が十分鳴った思えるのは太鼓が大活躍したときだけである。コントラバス、チェロやゃチューバの合奏だけでも低音の強度と膨らみを示して欲しいのだ。バイオリンソロは空間に放たれていく響の美しさはあるが、響き渡る強さがない。
なぜ、このように音がいいのか。私は広島文化交流会館も含めていつもいろいろ考察している。一般にコンサートホールはステージから後方へ、末広がりの形をしている。すなわちスピーカーで言うホーンの形をしている。このホーンの形状がいいと能率がよくなる。
このホールは側壁の二階席のラインがステージまでつながっている。ホーンの根元には、、それと同じ角度の衝立が立っている。楽団員の座る位置は精一杯後ろに寄せられている。これらすべてのことがホーンの能率を高めるように働いているのではないか。

サントリーホールは有名だが、音はスカスカして意外によくないそうだ。すみだと同じく、オルガンを背負っているが、オルガン前の二階席のスペースが広い。ということはホーンに例えれば、空気室がでかくて、背後に音のエネルギーが抜けてしまうからではないか。すみだではオルガン前の二階席もいやに窮屈そうだ。ところでオルガンの金属パイプは高域の華やかさももたらしているのではないか。

こうして考えるとホールの音の特性はスピーカーやホーンの知識で大概は説明できそうだ。

今までは広島文化会館のホールの音の記憶を頼りにあるべきオーディオの音のバランスを考えてきたが、低域の充実度は基準とはできなかった。すみだトリフォニーホールのエネルギッシュな実音を聴いて、この音の出方、バランスは具体的に参照できるひとつの基準とすることができそうだ。




